守破離

「守破離」という言葉について急激に興味が湧いたので調べることとする。

以下Wikipediaより引用

もとは千利休の訓をまとめた『利休道歌』にある、「規矩作法 り尽くしてるともるるとても本を忘るな」を引用したものとされている。

修業に際して、まずは師匠から教わったを徹底的に「守る」ところから修業が始まる。師匠の教えに従って修業・鍛錬を積みその型を身につけた者は、師匠の型はもちろん他流派の型なども含めそれらと自分とを照らし合わせて研究することにより、自分に合ったより良いと思われる型を模索し試すことで既存の型を「破る」ことができるようになる。さらに鍛錬・修業を重ね、かつて教わった師匠の型と自分自身で見出した型の双方に精通しその上に立脚した個人は、自分自身とそのについてよく理解しているため既存の型に囚われることなく、言わば型から「離れ」て自在となることができる。このようにして新たな流派が生まれるのである。

「本を忘るな」とあるとおり、教えを破り離れたとしても根源の精神を見失ってはならないということが重要であり、基本の型を会得しないままにいきなり個性や独創性を求めるのはいわゆる「形無し」である。無着成恭は「型がある人間が型を破ると『型破り』、型がない人間が型を破ったら『形無し』」と語っており、これは十八代目中村勘三郎の座右の銘「型があるから型破り、型が無ければ形無し」としても知られる。

・・・てっきり古代中国から伝播された言葉かと思いきや千利休の時代から引用された最近の(?)言葉であった。

いずれにせよ納得のできる言葉であるが、補足的な持論を述べると
守の段階で、「個性、独創性、破壊」を常に考えておくことは大事なのではないかと思う。

常識を壊していくマインドを持つことを忘れてはならないと考えている。

あとはあえて独学で学び、遠回りをするとか。

例:攻略本を読まずに徹底的に考えゲームをする。
どうしても分からなければ攻略本を見る。

まっさらな自分独自の考えをあえて全面的にぶつけることで、
革新につながることもあるのでは。

・・・このように先人の教えさえ疑っていきます。

以上

 

 

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